【2026年も農薬はなくなる?】なぜ在庫切れが起きるのか。北海道の農家が今すぐできる欠品対策3選

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・今年、使っていた殺菌剤が急に手に入らなくなった…
・JAに注文しても『在庫がない』と言われた…

2025年、北海道の多くの農家さんがこのような農薬の突然の欠品に頭を悩ませたのではないでしょうか。

結論からお伝えします。この「農薬の在庫切れ」という異常事態は、2026年も続きます。そして、その原因は日本国内だけでなく、もっと大きな世界規模の構造変化にあります。

この記事では、長年、肥料・農薬の現場に立ち、土壌医・農業経営アドバイザーとして活動する私が、以下の3つの点を徹底的に解説します。

なぜ、いつもの農薬が突然なくなるのか?(根本原因)
・2026年、特に品薄リスクが高い農薬とは?(プロの予測)
この状況を乗り切るために、今すぐやるべき具体的な対策

この記事を読めば、「なぜ?」が分かり、明日から何をすべきかが明確になります。不透明な情報に振り回されるのは、もう終わりにしましょう。

目次

結論:なぜ「いつもの農薬」が消えるのか?

忙しい方のために、まず結論を述べます。

今後も農薬市場は「全体の供給量は安定しているのに、特定の製品だけが突発的に欠品する」という予測不能な状況が続きます。

その根本原因は、単なる国内の在庫調整だけではありません。「海外の厳しい環境規制」「世界の農薬工場の不安定な生産体制」「米国の関税政策」といった世界規模の構造変化が、日本の農薬供給の首を絞め始めているからです。

この先で、その構造を一つずつ分かりやすく解き明かしていきます。

欧州要因:EUの厳格な環境政策が引き起こす「代替農薬のグローバルな争奪戦」

ヨーロッパの環境規制が、遠く離れた北海道の農薬棚にどう関係するのか?

多くの経営者はそう思うかもしれません。しかし、このグローバル化された現代において、EUの政策は、もはや対岸の火事ではありません。むしろ、あなたの来年の営農計画を根底から揺るがしかねない、「見えざる需給の歪み」の震源地となっています。

EUは今、「欧州グリーンディール政策」という壮大な社会実験の真っ只中にいます。その核心の一つが、化学農薬への依存を抜本的に低減させること。この崇高な理念が、皮肉にも世界の農薬市場に3つの大きな波乱要因を生み出し、私たち日本の農業者に直接的な影響を及ぼし始めているのです。

1. 「事実上の使用禁止」:MRL引き下げという名の静かな市場追放

EUの戦略は、単に農薬を「禁止する」という単純なものではありません。より巧妙で、強力な手法が用いられています。それが、MRL(Maximum Residue Limit:最大残留基準値)の引き下げです。

具体例を挙げましょう。2025年5月12日、EUはネオニコチノイド系殺虫剤である「Thiacloprid(チアクロプリド)」のMRLを、事実上検出限界である「0.01 mg/kg」まで引き下げました。これは、かつてリンゴで0.3 mg/kg、トマトで0.02 mg/kgといった基準値が設定されていたことと比較すると、実質的に「使用するな」というメッセージに他なりません。wikifarmer

この背景には、チアクロプリドに対する内分泌撹乱作用(ホルモンへの影響)や毒性への懸念があります。EUは「予防原則」に基づき、科学的にリスクが完全に否定できない限り、厳しい措置を取る傾向にあります。​

これが何を意味するか。EU域内の農家は、これまで頼ってきたチアクロプリドを一切使えなくなります。当然、彼らは代替となる殺虫剤を探し始めます。チアクロプリドが効いていたアブラムシやコナジラミに有効で、かつEUの厳しい基準をクリアできる、別の有効成分は何だろうか、と。

この瞬間、世界市場で代替となる有効成分への需要が一気に高まりますもしその代替成分の生産量が限られていれば、どうなるでしょうか。当然、世界的な争奪戦が始まります。価格は高騰し、これまで普通に日本向けに出荷されていた分まで、より高い価格を提示するヨーロッパのバイヤーに流れていく。

これが、あなたの手元から特定の農薬が消える「玉突き的欠品」のメカニズムです。EUで一つの農薬が「事実上」禁止されるたびに、世界のどこかで代替品の綱引きが始まり、その余波が必ず日本市場にも及ぶのです。

2. 「代替品のグローバルな争奪戦」:SUD改訂提案が未来の需要を煽る

さらに、この動きは加速こそすれ、止まることはありません。EUは現在、SUD(Sustainable Use Directive:農薬の持続可能な使用に関する指令)を、より強力な「規則(Regulation)」に格上げする改訂案を交渉中です。wikifarmer

この提案の目標は衝撃的です。2030年までに化学農薬の使用量とリスクを50%削減するという、法的拘束力を持つ目標を各国に課そうとしています。これが実現すれば、今使われている化学農薬の半分が、別の手段に置き換えられなければならないことを意味します。pan-europe

もちろん、この急進的な提案にはEU域内の農家から猛反発が起きており、2025年5月時点では交渉が停滞しています。しかし、重要なのは「方向性」です。たとえ目標が緩和されたとしても、EUが化学農薬からの脱却を目指している事実は変わりません。wikifarmer

これは、未来の農薬市場における「代替品の需要予約」に他なりません。大手農薬メーカーや流通業者は、この巨大なトレンドを見越して、ビジネスの舵を切り始めています。彼らは、将来的にEUで禁止される可能性が高い化学農薬への投資を減らし、代わりに生き残る可能性が高い成分や、後述するバイオ農薬への投資を強化します。

結果として、旧来の化学農薬は生産量が徐々に絞られ、ますます供給が不安定になります。一方で、代替品として注目される農薬には需要が集中し、品薄になりやすくなる。この「需要と供給の非対称性」が、市場のボラティリティ(変動性)を極端に高めているのです。

3. 「バイオ農薬へのシフト加速」:新しい市場、新しい供給リスク

化学農薬を減らす一方で、EUは代替手段として「バイオコントロール製品(生物農薬)」の市場導入を強力に推進しています。

2025年だけでも、EUは次々と新しい生物由来の有効成分を承認しています。agrinfo

  • Vitis vinifera種子抽出物(ブドウ種子エキス):1月に承認された、低リスクな植物由来物質。
  • Betabaculovirus phoperculellae:特定の害虫にのみ感染するウイルスを利用した、環境に優しい生物殺虫剤。
  • Bacillus velezensis:土壌中の病原菌を抑制する有益な細菌。

さらに、EUは2025年中にバイオ農薬の承認プロセスを迅速化する「ファストトラック制度」の導入を予定しており、この流れは今後ますます加速するでしょう。wikifarmer

これは一見、環境に優しく良いことのように思えます。しかし、農業資材のサプライチェーンという観点から見ると、新たな供給リスクを生み出します。

生物農薬は、化学合成品とは異なり、微生物の培養や特定の生物の増殖といったプロセスを経て生産されます。これは、化学プラントのように単純に生産量を増減させることが難しく、温度管理やコンタミネーション(汚染)リスクなど、特有の製造上の課題を抱えています。

つまり、需要が急増しても、すぐには供給が追いつかないケースが多いのです。

EUの政策転換によって、世界中でバイオ農薬への需要が急激に高まっています。しかし、その生産体制はまだ発展途上です。結果として、有望な新規バイオ農薬ほど世界的な争奪戦となり、日本市場に回ってくる量は限られてしまう。あるいは、非常に高価なものになってしまう。

このように、EUの厳格な環境政策は、

  1. 既存化学農薬の「事実上の禁止」
  2. 代替品への需要集中による「グローバルな争奪戦」
  3. バイオ農薬へのシフトによる「新たな供給不安定性」

という3つの経路を通じて、世界の農薬需給バランスを大きく揺さぶっています。北海道で農業を営む我々にとって、ヨーロッパの政策動向は、もはや単なる海外ニュースではありません。来シーズンの防除計画、そして経営そのものを左右する、最重要のリスク要因の一つとして認識する必要があるのです。

中国要因:世界の農薬工場の「環境規制強化」と「国内市場の不振」という二重苦

私たちが日常的に使用する農薬の多く、その有効成分(原体)がどこで生産されているか、意識したことはありますか?答えは、その大半が「中国」です。コスト競争力、豊富な労働力、そして巨大な化学工業の集積地として、中国は長らく「世界の農薬工場」としての地位を不動のものにしてきました。

しかし、その足元が今、大きく揺らいでいます。かつての「安かろう、大量生産だろう」という時代は完全に終わりを告げ、中国の農薬産業は、「環境規制の強化」「深刻な国内市場の不振」という、二つの巨大な壁に直面しています。この「二重苦」が、遠く離れた北海道の農薬需給に、予測不能な供給リスクをもたらしているのです。

1. 環境規制強化:「青い空」と引き換えに失われる「供給の安定性」

かつての中国は、経済成長を最優先するあまり、深刻な環境汚染を引き起こしました。北京の空を覆ったPM2.5の問題は、記憶に新しいでしょう。これに対し、習近平政権は「美しい中国」をスローガンに掲げ、前例のないレベルで環境規制を強化しています。そのメスは、当然、環境負荷の大きい化学プラント、すなわち農薬工場にも鋭く入れられています。

具体的に何が起きているのか?

  • VOC(揮発性有機化合物)排出規制の厳格化:
    農薬の合成過程では、多くのVOCが発生します。中国政府はPM2.5やオゾンの原因物質であるVOCの排出に対し、極めて厳しい総量規制と排出基準を課しています。基準をクリアできない工場は、生産ラインの停止や、多額の罰金を命じられます。これは、工場の稼働率が行政のさじ加減一つで変動することを意味します。特に、大気汚染が深刻化しやすい冬場には、政府の号令一下、広範囲の工場が一斉に操業停止に追い込まれる「冬季停産」が常態化しています。jetro
  • GHS・化学品安全管理の国際基準への準拠:
    2025年、中国は化学品の分類や表示に関する国際基準(GHS)を大幅に改訂・強化しました。これにより、農薬メーカーは全ての製品の危険性を再評価し、ラベルや安全データシート(SDS)を更新することが義務付けられました。さらに、2025年8月には「化学品安全ラベル作成規定」の改訂案が公表され、「1社1品1コード」という方針のもと、サプライチェーン全体での追跡可能性を強化する動きが進んでいます。コンプライアンスに対応できない中小メーカーは、事実上、市場からの退出を迫られます。これは、業界の再編と淘汰が進む一方で、対応に手間取る工場の生産遅延を引き起こす要因となります。cirs-group+1
  • 「安全生産許可証」の更新厳格化:
    中国で化学工場を操業するには、数年ごとに「安全生産許可証」を更新する必要があります。近年の爆発事故などを受け、この更新審査が極めて厳格化しています。審査期間中は生産がストップするだけでなく、最新の安全基準を満たすための設備投資が求められます。この投資負担に耐えられない、あるいは基準をクリアできない工場は、許可が下りずに閉鎖に追い込まれるケースも少なくありません。

これらの規制強化は、長期的には中国の環境改善や安全向上に繋がる正しい政策です。しかし、農薬を輸入する我々の立場から見れば、それは「供給の安定性が、中国政府の政策一つで、いつでも脅かされる」というリスクと同義です。特定の有効成分を、特定の省の、特定の工場に依存している場合、その工場が環境査察で1ヶ月操業停止になるだけで、日本市場では深刻な欠品が発生する。これが、今の現実なのです。

2. 国内市場の不振:「売れない・作れない」の負のスパイラル

もう一つの深刻な問題が、中国国内の農業市場そのものが陥っている不振です。

近年、中国国内の農産物価格は低迷を続けており、農家の生産意欲は大きく減退しています。農家が儲からなければ、当然、農薬や肥料といった生産資材への投資も手控えるようになります。

これが、中国の農薬メーカーを直撃しています。国内で製品が売れないため、メーカーには大量の在庫が積み上がり、キャッシュフローは悪化。生き残りのため、彼らは生産量を大幅に絞らざるを得なくなります。

Agribusiness Global誌のレポートによれば、2024年から2025年にかけて、一部の主要な有効成分(例えば、世界的に需要の高い殺虫剤クロランスラニリプロール)のメーカーでは、工場の操業率が20%未満にまで低下したと報じられています。これは、生産キャパシティの8割以上が遊休状態にあるという、異常事態です。

この「低操業率」が、なぜリスクとなるのか?

一見すると、「キャパシティに余裕があるなら、需要が回復すればすぐに増産できるのでは?」と思うかもしれません。しかし、現実はそう単純ではありません。

一度停止した、あるいは低稼働にした化学プラントの生産ラインを再びフル稼働させるには、相応の時間とコストがかかります。設備の再点検、原料の再調達、従業員の再配置など、スイッチ一つでオン・オフできるようなものではないのです。

ここに、世界市場との「時間差(タイムラグ)」という問題が生じます。

例えば、南米で病害虫が多発し、特定の殺菌剤の需要が急増したとします。しかし、中国の工場は国内不振で低稼働状態。急な増産オーダーに対応できず、世界的に需給が逼迫する。その結果、日本向けの出荷枠まで削減されてしまう、というシナリオです。

つまり、中国の農薬産業は今、「国内で売れないから生産を絞る → 在庫が減り、低稼働が常態化する → 世界市場で急な需要増があっても対応できない → 特定の有効成分が突発的に品薄になる」という、負のスパイラルに陥っているのです。

この「環境規制強化」と「国内市場の不振」という二重苦は、私たちが依存する「世界の農薬工場」が、もはやかつてのような安定した供給拠点ではなく、予測不能なリスクを内包した、極めて不安定な存在に変貌してしまったことを意味しています。私たちが農薬の欠品リスクを考える上で、この中国の構造変化は、避けて通ることのできない、最も重要なファクターの一つなのです。

米国・地政学要因:自国第一主義がもたらす「関税リスク」と「紛争リスク」

「アメリカの選挙や中東の戦争が、うちの畑の除草剤や殺菌剤の値段と何の関係があるんだ?」

そうした疑問を持つのは当然です。しかし、現代の農業資材サプライチェーンは、蜘蛛の巣のように世界中に張り巡らされており、一国の政策や遠い地域の紛争が、あなたの経営コストを直接的に押し上げる「コストプッシュ型インフレの引き金となります。特に、世界の警察であり、最大の経済大国である米国の動向は、他のどの国よりも大きな影響力を持ちます。

ここでは、米国の「自国第一主義」的な通商政策が引き起こす「関税リスク」と、世界各地で頻発する「地政学的リスク」という2つの側面から、なぜあなたの農薬コストが上がるのか、その構造を徹底的に解剖します。

1. 関税リスク:「自国保護」が招く、輸入原価の強制的な引き上げ

2025年現在、米国の通商政策は、依然として高い関税を武器に自国産業を保護し、貿易相手国に譲歩を迫るというスタイルが色濃く残っています。これが農薬市場に与える影響は、もはや無視できないレベルに達しています。

2,4-D、グリホサート、グルホシネート。これらは北海道の農業者にとってもはや説明不要の、基幹となる除草剤の有効成分です。これらの原体の多くは、コスト競争力の観点から中国で生産され、世界中に輸出されています。米国も、その最大の輸入国の一つです。

ここに、米国の関税政策が牙を剥きます。Farmers Business Network (FBN) の最新レポートによると、米国は中国から輸入されるこれらの主要な有効成分に対し、実に20%以上もの高率な関税を課しています。これは、生産コストや輸送費とは全く別のレイヤーで、政治的な意図によって原価が強制的に引き上げられていることを意味します。​

さらに深刻なのは、特定の有効成分に対して「関税の上乗せ」が行われている点です。例えば2,4-Dは、基本的な対中関税に加え、米国内メーカー(コルテバ社)が提訴したアンチ・ダンピング(不当廉売)関税が追加され、二重のコストアップ圧力に晒されています。oklahomafarmreport

これが、なぜ北海道に関係するのか?

理由は2つあります。

第一に、グローバルな価格指標の上昇です。米国は世界最大の農薬市場であり、そこでの取引価格は、国際的な価格指標となります。米国の輸入コストが関税によって20%上昇すれば、農薬原体のグローバルな「相場」そのものが底上げされます。中国のメーカーからすれば、「米国向けには関税分を上乗せして売れるのに、日本向けだけ安く売る理由はない」という交渉力を持つことになります。結果として、日本が輸入する際の価格も、この国際相場に引きずられて上昇するのです。

第二に、サプライチェーンの歪みです。米国の高関税を嫌った中国メーカーが、非関税国であるブラジルやアルゼンチンなど、南米市場への輸出を優先するようになれば、相対的に米国や日本への供給量がタイトになる可能性があります。需給が引き締まれば、価格が上がるのは市場の原理です。

2025年11月には、米中間の貿易交渉で一部の関税が一時停止されるなどの動きもありましたが、これはあくまで政治的な駆け引きの一環に過ぎません。2026年以降も、大統領選挙の結果や米中関係の緊張次第で、関税はいつ再開・強化されてもおかしくない、極めて不安定な経営リスクとして存在し続けるのです。実際に米最高裁では、大統領による緊急権限での関税発動の是非が審議されており、その判決次第では、2026年以降の全ての輸入コストが変動する可能性を秘めています。rfdtv+1

2. 地政学リスク:遠い国の紛争が、あなたの「肥料代」と「燃料代」を直撃する

農薬そのものの価格だけでなく、農業経営全体のコストを押し上げるのが、世界各地で頻発する地政学リスクです。特に、肥料エネルギーの価格は、これらのリスクに極めて敏感に反応します。

肥料価格への影響

窒素肥料の原料であるアンモニアは、その製造に大量の天然ガスを必要とします。2025年も、中東情勢の緊迫化やロシアからの天然ガス供給制限といったニュースが流れるたびに、天然ガス価格は乱高下しました。これが直接、窒素肥料の製造コストに跳ね返ります。terrainag

リン酸肥料も同様です。米国はリン鉱石の多くを輸入に頼っており、サウジアラビアなどが主要な供給国です。中東地域で紛争が起これば、供給不安から価格は即座に上昇します。Terrain社の分析によれば、こうした地政学リスクを背景に、2026年の米国のアンモニア価格は前年比で上昇すると予測されています。terrainag

農薬のサプライチェーンへの影響

エネルギー価格の上昇は、農薬の製造コスト(工場稼働)と輸送コスト(コンテナ船の燃料)の両方を直撃します。原油価格が上がれば、ガソリン代が上がるのと同じロジックで、中国から日本への農薬輸送コストも上昇します。これは最終的に、製品価格に転嫁されざるを得ません。

これらのリスクは、もはや「一過性のイベント」ではありません。ウクライナ、中東、そして南シナ海。世界の火種は尽きることがなく、いつどこで紛争が激化し、世界の物流とエネルギー価格を揺るがすか予測不可能です。

我々が認識すべきこと

それは、「農薬や肥料の価格は、農家やメーカーの努力だけではコントロールできない外部要因に大きく左右される時代になった」という厳然たる事実です。

米国の保護主義的な関税政策は、農薬原体の国際価格を構造的に押し上げます。そして、世界各地の紛争リスクは、農業経営に必須の肥料とエネルギーのコストを常に不安定な状態に置きます。

これらは、日々の天気予報と同じように、常にチェックし、自らの経営計画に織り込んでおくべき「新しい常識」なのです。次のセクションでは、こうした複雑なリスクを前提とした上で、我々が具体的にどのような対策を打つべきかを解説していきます。

国内要因:流通業界全体の「超・薄在庫」戦略への歴史的転換

海外の規制や紛争といったグローバルな要因もさることながら、実は、2026年以降の農薬欠品リスクを考える上で最も根深く、そして構造的な変化と言えるのが、我々の足元、日本国内の流通業界で起きた「歴史的」とも言える意識変革です。

一言で言えば、メーカーから卸、そしてJAに至るまで、サプライチェーンに関わる全てのプレイヤーが、「在庫はコストであり、悪である」という思想に完全にシフトしたこと。これが、特定の農薬が突発的に市場から姿を消す、最大の国内要因となっています。

なぜ「薄在庫」が常識になったのか? 2023-2024年の「在庫ショック」という教訓

この歴史的転換の引き金となったのが、記憶に新しい2023年から2024年にかけて、農薬・肥料業界全体を襲った「在庫ショック」です。

2022年、世界的なコンテナ不足や原油高、ロシアによるウクライナ侵攻などを背景に、農業資材の供給不安が極限まで高まりました。「モノがなくなるかもしれない」という恐怖から、メーカーは増産に走り、卸やJA、そして我々農家も、パニック的な「前倒し発注」「過剰在庫」に走りました。

しかし、2023年に入ると状況は一変します。供給網は徐々に正常化し、市場にはモノが溢れかえった。一方で、資材価格の高騰により農家の購買意欲は冷え込み、需要は急減速。結果として、流通の各段階で天文学的な量の「不良在庫」が発生したのです。

この過剰在庫は、各社の経営を猛烈に圧迫しました。

  • キャッシュフローの悪化: 売れない在庫は、会社の現金を固定化する「重石」です。運転資金が枯渇し、黒字倒産のリスクさえ囁かれました。
  • 保管コストの増大: 広大な倉庫費用、品質管理コストが利益を食い潰しました。
  • 熾烈な値下げ競争: 滞留した在庫を少しでも現金化するため、業界全体で壮絶な値下げ合戦が勃発。メーカーも卸も、利益を度外視した叩き売りに走らざるを得ませんでした。

実際に、大手農薬メーカーの決算報告を見ても、2024年から2025年にかけて、「過年度の流通在庫の影響」「滞留在庫の消化」といった文言が繰り返し登場します。日本農薬の2025年統合報告書では、「グローバル市場全体で農薬需要が約6%減少」したことが明記され、その背景に流通在庫の調整があったことが示唆されています。nichino+2

この手痛い経験は、業界に一つの強烈な教訓を刻み込みました。
「過剰な在庫を持つことは、需要の減少局面において、利益を吹き飛ばし、経営を傾かせる最大のリスクである」と。

「JIT(ジャストインタイム)」思想の徹底:自動車業界から農業へ

この教訓から、農薬・肥料業界は、これまで製造業、特に自動車業界が得意としてきた「JIT(ジャストインタイム)生産方式」に近い思想を、業界全体で導入せざるを得なくなりました。

「必要なものを、必要な時に、必要なだけ」

これは、無駄な在庫を徹底的に排除し、キャッシュフローを最大化するための、極めて合理的な経営戦略です。メーカーは需要予測の精度を極限まで高め、ギリギリの生産計画を組みます。卸やJAは、POSデータなどを活用して販売動向をリアルタイムで把握し、倉庫に滞留する時間を最小限に抑えようとします。

この「超・薄在庫」戦略は、平時であれば、各社の収益性を改善する素晴らしい経営手法です。日産化学の統合レポート2025でも、「ROIC(投下資本利益率)を意識した戦略投資」として、効率的な資本活用が強調されており、これは業界全体のトレンドです。nissanchem

しかし、この戦略には、致命的な弱点が内包されています。

それは、「サプライチェーンのどこか一つでも寸断されれば、システム全体が即座に機能不全に陥る」という脆弱性です。

なぜ「わずかな遅延」が「致命的な欠品」に見えるのか?

「超・薄在庫」の世界では、サプライチェーンの各段階が持つ「バッファー(緩衝材)」としての在庫が、意図的に削り取られています。

想像してみてください。以前であれば、

  • 中国の工場が1週間停止しても、メーカーの「原料在庫」が吸収してくれた。
  • メーカーの船積みが2週間遅れても、卸の「倉庫在庫」が吸収してくれた。
  • 卸の配送が遅れても、JAの「店舗在庫」が吸収してくれた。

このように、各段階に存在した「遊び」としての在庫が、需要期の多少のブレや供給の小さな遅延を吸収し、末端の我々農家には影響が見えないようにしてくれていたのです。

しかし、「超・薄在庫」戦略下の現在、このバッファーは存在しません。
中国の工場が1週間停止すれば、その影響はダイレクトにメーカーの生産計画を直撃し、数週間後には卸の欠品、そしてJAの棚から製品が消えるという事態に直結します。

これが、「市場全体としてはモノが足りているのに、特定の製品だけが、特定のタイミングで市場から蒸発する」現象の正体です。わずかな供給の遅延が、バッファーのないシステムを伝播する過程で増幅され、末端の我々にとっては「致命的な欠品」として見えるのです。

この構造的変化は、一時的なものではありません。2023-2024年の在庫ショックという痛みを経験した以上、流通業界が再び「潤沢な在庫を持つ」という過去の姿に戻ることは、考えにくいでしょう。

我々農業経営者は、もはや「注文すればいつでも農薬が手に入る」という古き良き時代が終わったことを直視し、「超・薄在庫」という新しいゲームのルールを前提として、自らの営農計画と資材調達戦略を再構築しなければならないのです。

 【成分別】2026年に欠品リスクが高い農薬有効成分(AI)リスト

ここまでの解説で、なぜ特定の農薬だけが品薄になるのか、その背後にある国内外の構造的な要因をご理解いただけたかと思います。

このセクションでは、その知識を具体的な「実践知」に転換します。あなたの倉庫にある農薬、あるいは来シーズン導入を検討している農薬が、どの程度のリスクに晒されているのか。北海道の主要作物を念頭に置きながら、有効成分(AI = Active Ingredient)のタイプ別に、その危険度を「高」「中」「低〜中」の3段階で冷徹に評価・分類します。

これは単なる脅しのリストではありません。あなたの経営判断の精度を高め、欠品という不測の事態を乗り越えるための、戦略的な「リスクマップ」です。

警戒度成分カテゴリー警戒すべき理由
発酵・特殊合成系(例:エマメクチン等)中国の工場停止リスクが最も高い。品質のバラつきも懸念。
EUで規制強化された系統の代替品世界的な需要増で品薄になりやすい。今後の登録情報に要注意。
海外委託比率が高い新規系統(例:IGR剤の一部等)夏場の製造・輸送遅延がスポット欠品につながりやすい。
国内調達・多ソース化が進む成分代替品や混合剤が多く、リスクが分散されている。

高警戒レベル:欠品常連候補。代替策の準備が必須

このカテゴリーに属する有効成分は、前述した「4つの構造的要因」の影響を最も受けやすく、2026年シーズンにおいても突発的な品薄・欠品が起こる可能性が極めて高いグループです。これらの成分に依存した防除体系を組んでいる場合、今すぐ代替策の検討に着手すべきです。

カテゴリー1:発酵・特殊合成系の殺虫剤・殺菌剤

  • 該当する有効成分の例エマメクチン安息香酸塩、スピノサド、アバメクチンなど
  • 主な用途: ハマキムシ、アザミウマ、コナガなど、広範囲の害虫に対する切り札的殺虫剤。ばれいしょ、てんさい、たまねぎ、豆類など、北海道の多くの作物で使用。

【なぜリスクが高いのか?】
これらの有効成分の最大のリスク要因は、その生産方法が特殊であり、生産拠点が中国・インドなどの特定の工場に極端に集中している点にあります。これはまさに「中国要因」のど真ん中です。

一般的な化学合成品と異なり、これらの多くは微生物の「発酵」プロセスを経て生産されます。これは、ビールの醸造のように、温度・湿度・栄養分などの条件を精密に管理する必要がある、極めてデリケートな生産技術です。そのため、

  1. 専門の設備とノウハウが必要で、誰でも簡単に作れるものではありません。世界的に見ても、商業生産できる工場はごく少数に限られます。
  2. コンタミネーション(汚染)に弱いため、一度生産トラブルが起きると、ライン全体の洗浄や滅菌が必要となり、長期間の生産停止につながりやすい特性があります。
  3. 中国の環境規制の格好のターゲットとなりやすく、「冬季停産」や突然の環境査察による操業停止命令のリスクに常に晒されています。

一つの工場が止まるだけで、世界全体の供給に即座に影響が出る。この「単一障害点」とも言える脆弱な供給構造こそが、発酵系AIが「欠品の常連」となる最大の理由です。

カテゴリー2:世界的に規制圧力がかかる旧来の広域殺菌剤

  • 該当する有効成分の例TPN(クロロタロニル)、マンゼブなどのEBDC系統
  • 主な用途: 疫病、べと病など、広範囲の病害に効果がある保護殺菌剤。ばれいしょ、てんさい、小麦、たまねぎなどで基幹剤として長年使用。

【なぜリスクが高いのか?】
このカテゴリーのリスクは、「欧州要因」と直結しています。これらの有効成分は、人や環境への影響に対する懸念から、EUをはじめとする世界各国で登録失効や使用禁止の動きが加速しています。

EUは、すでにTPNやマンゼブの使用を禁止しています。世界最大の市場であるEUで販売できなくなれば、グローバルな農薬メーカーにとって、その成分を生産し続ける経済合理性が失われます。日本や他の国でまだ登録が残っていたとしても、「儲からない」と判断すれば、メーカーは生産ラインを閉鎖、あるいはより将来性のある新規剤の生産に切り替えるのです。

北海道の現場で恐ろしいのは、長年の防除体系の土台となってきたこれらの基幹剤が、ある日突然、メーカーの経営判断によって市場から姿を消す「サイレント・フェードアウト」です。特に、耐性菌管理のローテーションの軸として、あるいは薬害リスクの少ない保護剤として「これでないと困る」という場面は少なくありません。代替剤への移行が進んでいるとはいえ、特定の病害や生育ステージにおいて、ぽっかりと空いた「ピンホール」的な欠品リスクは、今後ますます高まっていくと断言できます。

中警戒レベル:局所的・一時的な不足リスクあり

このカテゴリーは、常に品薄というわけではないものの、特定の条件下で突発的な欠品が発生しやすいグループです。状況次第で「高警戒レベル」に移行する可能性も秘めています。

カテゴリー1:新規系統剤で海外への生産委託比率が高いもの

  • 該当する有効成分の例: SDHI剤の一部、ジアミド系殺虫剤の一部、IGR剤(昆虫成長制御剤)など
  • 主な用途: 既存剤に耐性を持った病害虫への対策として導入が進む、比較的新しい有効成分。

【なぜリスクが中程度なのか?】
これらの新規剤は、特許を持つ大手グローバルメーカーが開発・販売しています。しかし、製造コストを抑えるため、有効成分そのものの合成は、中国やインドの委託先工場(ファウンドリ)で行われているケースが少なくありません。これは「中国要因」「米国・地政学要因」が絡み合う領域です。

大手メーカーはサプライチェーン管理に長けているため、発酵系AIのような極端な単一工場依存は少ないかもしれません。しかし、米国の対中関税が強化されれば、メーカーは採算を考えざるを得ませんし、委託先工場が中国政府の環境規制で生産停止になれば、供給が滞るリスクは依然として存在します。リスク管理能力がある分「高」ではないが、海外依存構造が変わらないため「中」と評価します。

カテゴリー2:特定の剤型に人気が集中する汎用的な除草剤

  • 該当する有効成分の例グリホサート、グルホシネート
  • 主な用途: 非選択性の茎葉処理除草剤。畑地の耕起前処理や畦畔管理など、用途は極めて広い。

【なぜリスクが中程度なのか?】
「グリホサートなんて、ジェネリックがたくさんあって無くならないだろう」と思うのは早計です。確かに、有効成分そのものが欠品するリスクは低い。しかし、リスクは「特定の製品(SKU)」に潜んでいます。これは「国内要因」としての「薄在庫戦略」が招く典型的な欠品パターンです。

農家の皆さんはご存知の通り、同じグリホサートでも、製品によって雑草への吸収を助ける界面活性剤の種類や量が異なり、効き目や薬害の出方が全く違います。「A社の製品はよく効くが、B社の製品はいまいちだ」という経験は誰しもあるでしょう。

その結果、特定の人気製品に需要が集中します。流通各社が「薄在庫」で構えている中、需要期にこの人気製品の注文が殺到すると、メーカーの供給が追いつかず、あっという間に市場から消えてしまうのです。有効成分そのものはあっても、「いつもの、あの製品」が手に入らない。これもまた、深刻な欠品リスクなのです。

H3: 低〜中警戒レベル:比較的安定供給が見込める成分

このカテゴリーは、相対的に供給が安定していると考えられるグループですが、絶対安全という意味ではありません。

  • 国内に生産拠点を持つ有効成分: 日本の農薬メーカーが国内工場で一貫生産している、独自の有効成分。これらは海外の地政学リスクや関税リスクから遮断されており、供給安定性は最も高いと言えます。自社の防除体系に、こうした「国産AI」を組み込んでおくことは、リスクヘッジの観点から極めて有効です。
  • 戦略的提携が公表されている分野: 前述したBASF社と日本農薬社の果樹向け殺菌剤における独占供給契約のように、企業間で安定供給を目的としたパートナーシップが結ばれている分野。これは、メーカー自身が供給リスクを認識し、対策を打っている証左であり、一定の信頼が置けます。
  • 複数の国から調達できるコモディティ成分: 生産国が中国、インド、欧州、イスラエルなど世界中に分散しており、代替調達が容易な、古くからある一部の成分。

このリスクマップを参考に、ご自身の農薬棚を一度点検してみてください。あなたの防除体系が、「高警戒レベル」の成分に過度に依存していないか?「中警戒レベル」の製品を使う場合、その代替品は頭に入っているか?この確認作業こそが、来シーズンの安定経営に向けた、最も重要で、最初の一歩となるのです。

 北海道の農家が実行すべき具体的な欠品対策5選【在庫確保と代替農薬】

ここまでの分析で、農薬の欠品がもはや「不運な事故」ではなく、グローバルな経済構造の変化によって引き起こされる「必然」であることが、ご理解いただけたかと思います。

悲観していても、何も始まりません。重要なのは、この新しいゲームのルールを直視し、欠品を前提とした「計画的防衛」へと、我々自身の経営をアップデートすることです。

このセクションでは、そのための具体的な5つのアクションプランを提示します。これは、私が多くの農業経営者をコンサルティングする中で、実際に効果を上げてきた実践的な手法です。一つひとつ着実に実行することで、あなたの経営は、予測不能な欠品リスクに対して、遥かに強靭なものになるはずです。

STEP1: 「絶対防衛リスト」の作成とピンポイントでの早期確保(2〜3月)

まず、最もやってはいけないことからお伝えします。それは、「不安だからといって、全ての農薬を闇雲に前倒しで大量に確保しようとすること」です。これは、2023-2024年の「在庫ショック」で多くの経営者が陥った過ちの再来であり、貴重な運転資金をただの「死に金」に変えてしまう愚策に他なりません。

我々が取るべきは、外科手術のような、的を絞った精密な戦略です。

やるべきこと:

まず、A3の白紙とペンを用意してください。そして、ご自身の来シーズンの防除暦を横に置き、以下の2つの基準に当てはまる農薬を、全て書き出してください。

  1. 代替が効かない、あるいは代替すると大幅なコスト増・効果減・薬害リスク増が見込まれる、あなたの営農の「生命線」となる農薬。
  2. 前章「欠品リスクが高い農薬リスト」の「高警戒レベル」に該当する有効成分を含んだ農薬。

これが、あなたの経営における「絶対防衛リスト」です。

次に、このリストに載った農薬だけを対象に、シーズンイン前の2月〜3月の段階で、「使用予定量の3〜5割増し」を目安に、ピンポイントで早期確保を行います。

目的は、全量確保による安心感ではありません。あくまで、万が一シーズン中に本命剤が欠品した際に、代替剤を探したり、JA間で融通してもらったりするための「時間稼ぎ」をするための、最低限の安全在庫です。全量ではなく「穴埋め剤」の確保に資源を集中させる。これが、キャッシュフローを圧迫しない、賢明な在庫戦略です。

STEP2: 欠品前提の「代替ローテーション体系図」の事前設計

「絶対防衛リスト」以外の農薬、あるいはリストに載った農薬が万が一手に入らなかった場合に備え、次に打つべき手を事前に設計しておきます。これが「代替ローテーション体系図」です。

やるべきこと:

Excelや手書きのノートで構いません。以下の項目で一覧表を作成してください。

作物名対象病害虫防除時期第一候補(本命剤)代替候補A代替候補B備考(注意点など)
ばれいしょ疫病6月下旬製品名X(シアゾファミド)製品名Y(マンジプロパミド)製品名Z(アメトクトラジン)薬害リスク、ローテーション間隔
たまねぎべと病7月上旬製品名A(メタラキシルM)製品名B(ジメトモルフ)製品名C(プロパモカルブ)耐性菌リスク、使用回数制限

重要なのは、代替候補を選ぶ際に、必ず「作用機構(FRACコードやIRACコード)」が異なるものを選ぶことです。同じ作用機構の農薬でローテーションを組んでも、耐性菌・抵抗性害虫が発達するリスクを高めるだけです。

この「体系図」を一枚作成しておくだけで、いざ欠品に直面した際の冷静さが全く違います。「AがないならB、BもなければC」と、思考停止に陥ることなく、即座に次のアクションに移ることができる。これは、パニックを防ぎ、収穫量を守るための、最強の「思考の武器」となります。

STEP3: JA・取引先との「在庫情報連携」の定例化

「超・薄在庫」時代において、JAや販売店は、もはや単なる「注文先」ではありません。共にリスクに立ち向かう「情報パートナー」と位置づける意識改革が必要です。

やるべきこと:

担当の営農指導員や販売店の担当者と、平時から具体的な情報連携のルールを決めておきましょう。単に「何かあったら教えて」では不十分です。以下のような、具体的な質問を投げかけてみてください。

  • 「〇〇という農薬が万が一欠品した場合、近隣のJAや支所から融通してもらうことは可能ですか?その場合、リードタイム(手元に届くまでの時間)はどのくらいかかりますか?」
  • 「代替品として△△を考えていますが、それを発注する場合の最終的な注文締切日はいつ頃になりそうですか?」
  • 「メーカーから、特定の製品に関する供給遅延や減産の事前情報が入ることはありますか?もしあれば、可能な範囲で共有していただけませんか?」

こうした具体的なコミュニケーションを定例化することで、あなたは「待ち」の姿勢から、積極的に情報を取得しにいく「攻め」の姿勢へと転換できます。2025年9月の生乳需給において、北海道の増産と広域的な配乳調整が首都圏での欠品を回避したように、流通段階での情報連携は、今や安定供給の生命線なのです。全農が進めるICTを活用した地域間融通システムのような仕組みは、今後、農薬分野でも重要性を増すでしょう。​

STEP4: 信頼できる一次情報の「定点観測」とノイズの見極め方

不確実な時代には、必ずデマや噂が飛び交います。それに惑わされず、冷静な経営判断を下すためには、自ら信頼できる「一次情報」に当たる習慣が不可欠です。

やるべきこと:

以下の情報源をブックマークし、定期的にチェックするルーティンを確立してください。

  • 月次チェッククロップライフジャパンのウェブサイトに掲載される「農薬出荷実績(PDF)」。特に、「数量」の伸びと「金額」の伸びの乖離に注目してください。例えば、「数量は微増なのに、金額だけが大幅に伸びている」分野があれば、そこでは値上げや、高価な新規剤へのシフトが起きている可能性が読み取れます。
  • 随時チェック:
    • 主要農薬メーカー(日本農薬、日産化学、BASF、シンジェンタなど)のIR情報・ニュースリリース。企業向けの固い情報だと思うかもしれませんが、「供給体制の変更」や「〇〇社との提携」といったニュースは、欠品リスクを予測する上で最も確度の高い情報源です。
    • FAMIC(農林水産消費安全技術センター)のウェブサイト農薬の「登録失効」や「販売中止」、「回収」に関する公式情報が掲載されます。お使いの農薬が対象になっていないか、シーズンイン前に必ず確認すべきです。

STEP5: 防除体系のポートフォリオ見直しと「脱・一本足打法」

最後のステップは、より長期的な視点に立った戦略です。それは、特定の有効成分や特定の製品に過度に依存した「一本足打法」からの脱却です。

やるべきこと:

来シーズンの防除計画を立てる際、意識的に異なる作用機構、異なるメーカー、異なる生産国(国産品を含む)の農薬を組み合わせたポートフォリオを組むことを検討してください。

例えば、ある病害に対し、これまではA社の製品(中国産)一辺倒だったものを、

  • 初期防除:A社製品(中国産)
  • 中期防除:B社製品(国産)
  • 後期防除:C社製品(EU産、生物農薬)

というように、リスクを分散させるのです。

もちろん、コストや効果、使い勝手の問題もあるでしょう。しかし、特定の有効成分が市場から消えるリスクを考えれば、多少のコストを払ってでも、複数の選択肢を持っておく「冗長性(リダンダンシー)」の確保は、もはや保険ではなく、必須の経営戦略です。

環境保全型農業直接支援などを活用し、IPM(総合的病害虫管理)技術や生物農薬の導入を試験的に行ってみることも、このポートフォリオ戦略の一環と捉えることができます。maff+1

以上の5つのステップは、一見すると面倒に感じるかもしれません。しかし、これからの時代、こうした地道な情報戦と計画的なリスク管理こそが、他の経営者との間に決定的な差を生み、あなたの農業経営を未来へと繋ぐ、最も確実な道筋となるのです。

まとめ:欠品を前提とした「計画的防衛」へ。今こそ農業経営の進化の時

この記事を通じて、私たちは一つの厳しい現実に直面しました。それは、特定の農薬が品薄になる、あるいは市場から姿を消すという事態が、もはや「運が悪かった」で済まされる一過性のイベントではない、ということです。

国内流通業界の「超・薄在庫」戦略への歴史的転換。世界の工場・中国が直面する「環境規制」と「国内不況」の二重苦。EUの環境政策が引き起こす「代替品のグローバルな争奪戦」。そして、米国の保護主義が招く「関税・紛争リスク」。

これら4つの巨大な構造変化が複雑に絡み合い、「農薬全体の供給量は足りているのに、あなたの欲しい農薬だけが、欲しいタイミングで手に入らない」という、極めて厄介な新しい時代が、すでに始まっているのです。

過去の成功体験や、これまで「当たり前」とされてきた商習慣は、もはや通用しません。「注文すれば、いつでも、なんでも手に入る」という幻想は、今日この場で、きっぱりと捨て去るべきです。

しかし、これは決して悲観的な未来を予言するものではありません。

変化の時代は、常に「進化のチャンス」を内包しています。

ライバルたちが、旧態依然とした「行き当たりばったり」の資材調達を続け、欠品のたびに右往左往している間に、この記事を読んでいるあなただけは、一歩も二歩も先んじることができます。

欠品が「起こるかもしれない」ではなく、「起こることを前提」として、自らの経営を再設計する。場当たり的な対応ではなく、冷静な情報分析に基づく「計画的な防衛」へと、思考と行動をシフトさせる。

今こそ、農業経営者としての真価が問われる時です。

あなたが明日からやるべきことのチェックリスト

進化への第一歩は、壮大な計画ではなく、具体的で、小さな行動の積み重ねから始まります。まずは、このチェックリストを実践することから始めてください。

  • 自分の「絶対防衛リスト」を作成する。
    今すぐ、あなたの倉庫と防除暦を見直し、「これがないと経営が成り立たない」という生命線の農薬を3つ、書き出してください。
  • 代替ローテーション体系図を書き出してみる。
    その「絶対防衛リスト」の農薬がもし手に入らなかったら、次に何を打つか?作用機構の異なる代替候補を、最低1つ、具体的に製品名まで書き出してください。
  • 取引のあるJAや販売店に、在庫情報連携のルールについて確認する。
    次の訪問時、「もしもの時のリードタイム」について、雑談がてら聞いてみてください。その一言が、あなたの危機管理意識をパートナーに伝え、関係性を深化させます。

この小さな一歩が、来シーズンのあなたの経営の明暗を分ける、決定的な分岐点となるかもしれません。

さらに深く学び、リスクに備えたいあなたへ

この記事では、農薬の欠品リスクという、避けては通れない現実とその対策について、網羅的に解説してきました。

しかし、これはあくまで普遍的な戦略です。あなたの作付け体系、土壌の状態、経営規模によって、最適解はさらに細分化されます。

・プロが実践する土壌診断書の読み解き方
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こうした、よりパーソナルで、より実践的な知見については、私のポッドキャスト『土壌医あさひのオモテじゃ語れない農業トーク』で、毎週さらに深く掘り下げて配信しています。移動中の車内や、農作業の合間に、耳からインプットするだけで、あなたの経営知識は飛躍的に向上します。ぜひ、お使いのアプリでフォローしてください。

変化の波に飲み込まれるのか、それとも波を乗りこなすのか。その選択は、全てあなた自身の今日の行動にかかっています。共に、この厳しいが、やりがいのある時代を勝ち抜いていきましょう。

2026年の農薬品薄・欠品問題を解説する記事のアイキャッチ画像。

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