この記事を読むとわかること
・施肥ガイド改訂の要点(従来との違い)
・リン酸を「減らしてもOK」な圃場と「減らしてはいけない」圃場の見分け方
・現場で使える判断フローチャート(3ステップ)
・減肥を失敗しないための具体的なテクニック
「リン酸が過剰なら、無施肥でOK」
北海道施肥ガイドの改訂で、こんな方針が打ち出されようとしています。
これまで「リン酸が多ければ減肥しましょう」だった指導が、一気に「無施肥」へ。
正直、驚いた方も多いのではないでしょうか。

・本当に大丈夫なのか?
・うちの畑でもゼロにしていいのか?
そんな声が、すでに現場からたくさん聞こえてきます。



土壌医として10年で300軒以上の農家さんを見てきた私が解説します!
この記事では、今後の北海道施肥ガイド改訂を見据えて、何がどう変わるのか、そしてその変更にどう向き合えばいいのかを土壌医の視点で整理します。
筆者は土壌医として北海道の数多くの圃場を見てきました。土壌診断書を読み解きながら施肥設計を考える日々のなかで培った、現場感覚でお伝えします。
北海道施肥ガイド2026(仮)改訂の要点|何がどう変わったのか?
「改訂でどうなるのか?」の前に、現行の基準はどうなっているのかを確認して、その後で対比していきましょう。
「農業新技術 十勝農業情報ハイライト2026冊子」(十勝毎日新聞webサイト)より引用します
従来「過剰なら減肥」→ 新基準「過剰なら無施肥」
北海道施肥ガイドは、道内の施肥管理の標準として長く使われてきた基本指針です。現行のガイド(2020年版)では、土壌診断でリン酸が基準値を超えた場合、「リン酸を減肥する」という対応が基本でした。
つまり、全部やめるのではなく、「量を減らしましょう」というスタンスだったわけです。



土壌診断値が基準値(トルオーグ法で10〜30mg P₂O₅/100g)を上回っている場合、施肥標準量より少ない量を施用でOKというものですね。
これは畑作物全般(麦類・てんさい・ばれいしょ等)に共通する考え方です。
▼ 北海道施肥ガイド2020のリン酸施肥対応(畑作物共通)
| 有効態リン酸含量区分(トルオーグ法) | 0〜5(低い) | 5〜10(やや低い) | 10〜30(基準値) | 30〜60(やや高い) | 60〜(高い) |
|---|---|---|---|---|---|
| 施肥標準に対する施肥率(%) | 150 | 130 | 100 | 80 | 50 |
注目してほしいのは、リン酸が「高い」(60mg/100g以上)という極端な過剰蓄積の場合でも、施肥標準の50%——つまり半分は入れるという設計だった点です。どんなに過剰でも「ゼロにしてよい」とは書かれていませんでした。
ところが、今回の改訂では方針が大きく転換します。
「リン酸が基準値に対して過剰の場合、リン酸は無施肥(=ゼロ)でOK」
これは、これまでの「減らす」から「やめてもいい」への質的な変化です。
具体的には、道総研の最新研究成果により、以下のような明確な数値基準が示されました。
▼ 新たなリン酸施肥指針(作物別)
| 作物 | 有効態リン酸 20〜30mg/100g | 有効態リン酸 30mg/100g以上 |
|---|---|---|
| 直播てんさい | 現行対応の半量(6kg/10a) | 無施肥 |
| 加工用ばれいしょ | 現行対応の半量(8kg/10a) | 無施肥 |
| 春まき小麦 | 現行対応の半量(8kg/10a) | 無施肥 |
| 作物 | 有効態リン酸 80〜100mg/100g | 有効態リン酸 100mg/100g以上 |
|---|---|---|
| たまねぎ | 現行対応の半量(4kg/10a) | 無施肥 |
このように、主要な作物において「蓄積リン」を活用して、
- 基準値内の場合→現行施肥量の半量
- 基準値を上回る場合→無施肥
基準値を上回る場合は思い切ってゼロにする」という方針が明確に打ち出されたのです。
改訂の背景にある科学的根拠
この変更には、科学的な裏付けがあります。
北海道の多くの圃場では、長年にわたるリン酸の過剰施肥によって、作物が吸収可能な「有効態リン酸」が基準値を大幅に超えて蓄積しています。
道総研などの研究により、有効態リン酸が十分に蓄積された圃場では、リン酸を施用しても増収効果が認められないことが明らかになっています。つまり、入れても入れなくても変わらない。それなら、入れない方が合理的——これが改訂の論理です。
実際、加工用ばれいしょの試験では、有効態リン酸が30mg/100g以上の圃場で無施肥(0P)にしても減収しなかったことが確認されています。春まき小麦でも同様に、30mg/100g以上では無施肥で減収は認められませんでした。
加えて、リン酸過剰には明確なデメリットもあります。カルシウムや微量要素の吸収が阻害されたり、肥料コストが無駄に膨らんだり。「良かれと思って入れていたリン酸が、実は足を引っ張っていた」という状況が、北海道の多くの畑で起きているのです。
リン酸「無施肥」に農家が抱く3つの不安に答える



改訂の方針は理解できる。でも、現場で実際にリン酸をゼロにするのは、やっぱり怖い。



その気持ちは、すごくよくわかります。
私自身、農家さんにリン酸の減肥を提案したとき、何度もこういう反応に出会ってきました。
本章では、農家さんから特に多い3つの不安に、正面から答えます。
「本当に無施肥で収量は落ちないのか?」
これは一番多い質問であり、一番切実な不安です。
まず知ってほしいのは、「減肥した年にたまたま低温が続いた」ケースが、過度な不安の原因になっている可能性があるということです。


リン酸は、気温が低いと作物の吸収効率が著しく悪くなります。
北海道では春先の低温が続く年がありますが、そんな年はリン酸減肥をしていると生育は悪くなって当然です。
ところが、たまたま減肥を試した年が低温の年だと、「やっぱりリン酸って入れないとダメだよね」という印象が刻み込まれてしまうのです。
減肥した年の気温がどうだったかを振り返ること。これは、減肥の成否を冷静に判断するために絶対に必要な考察です。
実際に、道総研の圃場試験でも、有効態リン酸が基準値内の圃場で0.5P(半量)にしても根重・糖量に差はなかったという結果が出ています。「減肥=即減収」とは限らないのです。
「土壌診断の数値が高くても、実際には吸えないリン酸がほとんどでは?」
これもよく聞く質問です。「診断書の数字は大きいけど、あれって吸えないリン酸も含んでるんでしょ?」という声。
結論から言うと、多くの土壌診断書ではトルオーグ法が使われており、この方法で測定されたリン酸は「吸えるリン酸」と考えていいです。
トルオーグ法は、比較的弱い酸を使ってリン酸を溶出させる測定方法です。作物の根から出る酸で溶け出す程度のリン酸を測っているので、「有効態リン酸」、つまり作物が実際に吸収できるリン酸を見ていると考えられます。
一方、ブレイ第2法という方法ではより強い酸を使うため、作物が吸いにくいリン酸まで含んだ数値が出ることがあります。
皆さんの土壌診断書には、分析方法がどこかに記載されているはずです。「トルオーグ」と書いてあれば、その数値は信頼して減肥の判断根拠にできます。
「いきなり無施肥ではなく、段階的に減らすべきでは?」
これは非常に実践的な問いです。結論としては、段階的な減肥もアリ。一気にゼロにする必要はありません。
ただし、有効態リン酸が基準値を大幅に超えている圃場(トルオーグ法で100mg/100g以上など)では、思い切った減肥に踏み込んでも良い根拠は十分にあります。
不安がある場合は、まず「全圃場の一筆だけ」で試すことをおすすめします。全面積で一気に切り替えるのではなく、比較試験のつもりで小さく始める。
これなら、万が一うまくいかなくても被害は最小限。そして、うまくいけば翌年から自信を持って面積を広げられます。



私がいつも農家さんに提案しているのは、「まず1筆だけ、隣の畑と比べてみましょう」という方法です。全面積でいきなり切り替える必要はありません。小さく試して、自分の目で確かめる。これが一番納得感がありますよ。
リン酸を減らしてOKな圃場の条件



減肥の方向性は分かった。でも、うちの畑は本当に減らして大丈夫なの?どうやって判断すればいいの?
リン酸の減肥・無施肥は、圃場の条件次第で「大丈夫」にも「危険」にもなります。ここでは、「減らしてOK」と判断できる条件を整理します。
有効態リン酸が基準値を大幅に超えている場合
最も重要な判断材料は、土壌診断書の有効態リン酸の数値です。
前述の新たな施肥指針では、畑作物で有効態リン酸が30mg/100g以上、たまねぎで100mg/100g以上なら無施肥が推奨されています。
ただし、道総研の研究ではpHが5.5未満、または有効態リン酸が10mg/100g未満の圃場では、減肥が減収を招く場合があったことも示されています。減肥を検討する前に、まず土壌の基本的な状態が整っているかを確認してください。


pHと塩基バランスが整っている場合
リン酸の有効性は、pHと密接に関係しています。
pHが低い(酸性が強い)土壌では、アルミニウムが溶出してきてリン酸と結合し、「リン酸アルミニウム」という吸いにくい形に固定化されてしまいます。
逆に、pHが適正〜やや高めに維持されている土壌では、リン酸が固定化されにくく、土壌中のリン酸を作物が効率よく吸い上げられます。
つまり、pH管理ができている圃場ほど、減肥に踏み切りやすいのです。道総研の試験でも、「土壌pHが5.5を下回る圃場でのリン酸減肥は特に減収を招く恐れがある」と注意喚起されています。
低温リスクが低く、初期生育に懸念がない場合
リン酸の吸収は、気温の影響を強く受けます。春先の低温が続くような条件では、土壌にリン酸が豊富にあっても、作物が十分に吸えないリスクがあります。
逆に、地温が十分に上がる条件が整っている場合——たとえば播種・定植時期が遅めで低温リスクが少ない作型であれば、減肥の成功確率は高まります。
初期生育を安定させることが最優先です。もし減肥に不安があるなら、全層施肥のリン酸を減らしつつ、側条にはそれなりのリン酸を入れておく、という「部分的な減肥」が現実的な選択肢になります。



「全層は減らすけど、側条/作条(=局所施肥)はしっかり入れる」。これが私が現場でよく提案する「攻めつつ守る」スタイルです。初期生育を確保しながらコストも下げる、いいとこ取りの方法ですよ。
リン酸を減らしてはいけないケース



減らしてOKな条件は分かった。じゃあ逆に、絶対に減らしちゃダメな場合ってあるの?
火山灰土壌でリン酸吸収係数が極端に高い場合
北海道には火山灰土壌(黒ボク土)が広く分布しています。この土壌はリン酸を強く固定する特性を持っており、リン酸吸収係数が1,500を超えるような圃場では、注意が必要です。
リン酸吸収係数が高いということは、その土壌がリン酸をガッチリ掴んで離さないということ。たとえ有効態リン酸の数値が高くても、固定化されやすい土壌ではリン酸の供給力が見かけほど安定していない可能性があります。
一方で、リン酸吸収係数が1,000前後であれば、そこまで心配しなくていいと私は考えます。700〜800という数値の圃場もありますが、こういう土壌では固定化のリスクが低いため、減肥にはかなり前向きに取り組めます。
なお、道総研の試験でも、火山性土と低地土・台地土では施肥指針の数値が異なっています。火山性土は固定化が起きやすいため、低地土・台地土よりもやや多めの施肥量が設定されています。土壌型ごとの違いも意識してください。


作物別の注意点(馬鈴薯・ビートなど)
作物によっても、リン酸の要求パターンは異なります。
馬鈴薯は、カルシウムの吸収がリン酸過剰によって阻害されやすい作物です。リン酸が過剰な圃場にカルシウムを投入しても、リン酸と結合してしまい、肝心のカルシウムが効きません。打撲や疫病のリスクが高まります。
つまり、馬鈴薯においてはリン酸の減肥が「攻め」の選択になり得ます。リン酸を減らすことで、カルシウムの吸収効率が改善されるからです。この場合、苦土(マグネシウム)を併用すると、リン酸の吸収促進と葉色の改善が期待できます。


てん菜も初期生育にリン酸が重要ですが、道総研の試験では、有効態リン酸が基準値内の圃場で現行の半量(0.5P)にしても根重・糖量は現行対応(1P)と差がなかったことが確認されています。
たまねぎでは、有効態リン酸が「やや低い」以上の圃場であれば、施肥対応量の半量(0.5P)でも初期生育に遜色ないことが示されました。ただし、有効態リン酸が「低い」区分では減収リスクがあるため注意が必要です。
いずれの作物でも、圃場ごとの土壌診断結果をベースに判断することが大原則です。



馬鈴薯の場合、リン酸を減らすのは「守り」じゃなく「攻め」なんです。カルシウムの効きが良くなって、品質向上につながる。減肥=マイナスじゃないという発想の転換、ぜひ持ってほしいですね。
リン酸減肥の判断フローチャート|3ステップで確認



結局、うちの圃場ではどうしたらいいの?簡単に判断できる方法を教えて!
最終的にはこの問いに答えなければなりません。以下の3ステップで判断してみてください。
ステップ1:土壌診断書を確認する
まず、有効態リン酸の数値とリン酸吸収係数をチェック。分析方法(トルオーグ法 or ブレイ第2法)も確認してください。
- 有効態リン酸が基準値を大幅に超えている → ステップ2へ
- 基準値内、または基準値以下 → 通常の施肥設計を継続
ステップ2:pHとリン酸吸収係数を確認する
- pHが適正(5.5〜6.5の範囲)かつ、リン酸吸収係数が1,500未満
→ リン酸の減肥・無施肥を検討できる。ステップ3へ - pHが低い(5.5未満)、またはリン酸吸収係数が1,500以上
→ まずpHの矯正を優先。リン酸の判断はpH改善後に再評価
ステップ3:作物と気候条件を考慮する
- 低温リスクが低い作型・時期 → 全層減肥+側条は通常量、から試す
- 初期生育にリン酸が重要な作物(水稲・てん菜など) → 側条施肥でリン酸を確保しつつ、全層を減肥する
- 不安が残る場合 → まず1筆だけで試験的に実施。全圃場を一気に切り替えない
迷ったら、側条にリン酸を残して全層を減らす。これが「攻めつつ守る」の基本形です。
まとめ|施肥ガイドは「参考書」。答えはあなたの畑にある
北海道施肥ガイドの改訂は、「リン酸が過剰なら無施肥でOK」という、これまでよりもかなり踏み込んだ指針です。
これに対する私の答えは、「圃場の条件次第で、無施肥もアリだし、スターター肥料は残すべき場合もある」というものです。
正直に言えば、施肥設計に唯一の正解はありません。同じ農家さんの圃場でも、一筆ごとに土壌の状態は違います。pH、CEC、リン酸、リン酸吸収係数——これらの数字を組み合わせて、多面的に判断するしかない。
だからこそ、施肥ガイドはあくまで「参考書」です。答えは、あなたの畑の土壌診断書の中にあります。
今日から始められることは、たった一つ。
お手元の土壌診断書を、もう一度じっくり眺めてみてください。
有効態リン酸の数値は?分析方法はトルオーグ法?pHは?リン酸吸収係数は?
この記事で紹介した判断フローチャートに沿って、ご自身の圃場の状態を確認してみてください。そして、もし「減肥できるかもしれない」と感じたら、まずは一筆から。小さく、慎重に、でも確実に。
土壌診断は、畑からのメッセージです。そのメッセージをきちんと受け取れる農家は、必ず経営を良くしていけます。



一緒に、土壌と向き合いながら農業経営を考えていきましょう!
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